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この上映後のまばらな拍手と、松本監督の戸惑い…。これは轟沈だな。監督再起なるか。
↓がスタンダードな上映後だと思うと、大コケみたいね。松本監督ってのはもう逆鱗かもしんないね。
http://www.youtube.com/watch?v=z5yT3oQYVn4&eurl=http%3A%2F%2Fimihu%2Eblog30%2Efc2%2Ecom%2Fblog%2Dentry%2D2818%2Ehtml
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愛知県長久手でおきた引きこもり事件での愛知県警仕事ぶりはどうなのだろうと、庶民ながらにいろいろ思ってしまった。

愛知立てこもり
http://www.asahi.com/special/070518/

俺がサザエさんなら、

現場の指揮官は無能
交渉人は市役所の苦情係
愛知県警は学ばない

の三本です。

SATを擁しながらその突撃力をいう長所をいっさい生かしきれず、さらに隊員を犠牲にしたのは、指揮官の無能ぶりが窺える。23歳の新米隊員を第一線に送り出した人選もどうかと思う。こういう時こそ、精鋭をもって対処すべきじゃないのか。せっかく海外の特殊部隊と合同演習をしているんだから。それともただの海外旅行だったのか。とにかく犠牲がでた以上は指揮官に責任があるのはいうまでもない。

この事件で交渉人は何か役にたったのかかなり疑問だ。負傷警官を5時間も放置して、救援の際に発砲を控えるよう犯人に約束を取り付けられなかった。人質はFM局のDJと話をしている最中に脱出。もうDJだけにGJとか言ってる場合じゃない。29時間は時間かかりすぎ。結局最後に「交渉をやめる」という最終カードを切ってやっと犯人が投降。人質が逃げてなかったら、解決は1、2ヶ月はかかっていたんじゃないのかと思わせる。

犠牲をだした愛知県警は「結果論」で片付ける始末。いやいや、最善を尽くしたかどうか、甚だ疑問が残る警察の対応だった。もし、テロリストが霞ヶ関の官庁を人質をもって占領した場合、この事件から予想すると、警察、機動隊、自衛隊の犠牲は軽く両手を超えるだろう。大体ジェラルミンの盾を装備していて何の役に立つんだ。今は以外と自衛隊は強いみたな本が売れてるが、ほんとにそうなのか? 日清戦争前の清の前評判みたく感じるな。死を覚悟してその職に就くという雰囲気はあまり感じられんが…。現段階で思うに日本の指揮官、鎮台さんの質はかなり悪そうだ。

しかし、犠牲になったSAT隊員の方は不運としか言いようがない。任務について1年未満。愛する妻子を残して無念の死とは。まさにこれからだっただろうに。察しあまる。

実弾新たに8発・容疑者宅を捜索、押収・愛知立てこもり
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20070521AT1G2001A20052007.html

ニュースでは新たに実弾が見つかり合計20発があったと報じているが、今日の日本ではロケットランチャーさえ押収されてることを考えると、感覚がずれてんじゃないのかと、自然にそんなことを思ってしまう。警官が屋根づたいに移動してるところをテレビで映したり、報道管制かかってるのにヘリから撮影したりと日本のマスコミは。もう、日本ダメかもしれんね、とうい常套句を吐かざるをえない。

犯人は殺意はなかった言っているようですが、負傷警官を5時間放置して、それはないだろ。拳銃もってるからにはその気はあっただろと。検察側はもちろん死刑を求刑するだろうけど、弁護側はこれまた家庭不安による心神の喪失とかを持ち出して、なんとか無期に持ち込もうとするだろうな。まー、家庭内暴力とか前科とか元暴力団とかの要素を含めれば、裁判官によるが死刑が相当刑として国民感情に沿うんじゃないでしょうか。


本の帯にしろ、広告にしろ、CMにしろイチイチ必死なのだが、その時代に真っ向からぶち当たるかのような番組「NEWS ZER○」。もう見ちゃいられない。

何がスゴイって長嶋一茂が出演している。長嶋一茂が言葉を発する度にNEWS番組の新境地が垣間見れる。もうハラハラドキドキ。手に汗にぎっちゃうよ。以前、バイオ燃料やアメリカを直撃したカトリーナの影響でオレンジジュースが値上がりするって話題で、何を語ろうとしたのかドコに着地したかったのか、「あっち(アメリカ)で飲んだオレンジジュースはすごくおいしたかった」と。何休みの感想だと。まさか公共の電波を通じて我が茶の間の時間を止められるとは思わなんだわ。新手だな。

奴を使い続けるとしたら、日テレの制作Pはかなりキてる。
http://www.ntv.co.jp/zero/

大阪天保山にあるサントリーミュージアム天保山にダリ展を見に行ってきた。所望の展開としては、自分の持つ思考のキャパシティーを超える超現実主義に触れることで、新境地に達したいと願っていた。具体的には、コレ極マレリ的なシュールな絵を見た子供たちが、呆然とし、中には泣き出し、トラウマになる、いうなれば地獄の様相を呈したダリ展を期待していたのである。

しかし、現実のダリ展はどうだ。トリックアートが流行っているのかその影響でダブルイメージとか、小難しく原子力爆弾に大きな衝撃を受けて原子力と宗教の融合だの、カタストロフ理論に傾倒しただのと「生誕100年で新しいイメージを造りだしたいねん」みたいな力がチラリと見え隠れしてるようで、ちょっと期待はずれと言えばそうだった。

ダリとその作品の魅力は糞尿大好きスカトロ趣向者のちょっと危険な香りがする素っ頓狂な伊達男の生涯と「その発想はなかったわ」的冒険心に富んだ作品であって、インテリ気取りのおっさんではないと思う。全生涯にわたって手がけた仕事が並べられ、真のダリファンにはより一層ダリに対する理解を深められただろう。でも、味見程度に行った私にとってはお腹いっぱいの内容だった。残念ながら今回のダリ展は求めるダリ展ではなかったといえる。

かといってここでダリの話をやめるのはもったいないので続ける。ダリの作品はシュルレアリスムと言われるカテゴリーに分類される(晩年は古典主義に目覚め宗教チックな作品が多いがここではひとまずおいておこう)。シュルレアリスムとはフランス語で、和訳すると超現実主義といわれる。wikiによれば、

「ものすごく過剰なまでに現実」というような意味である。超現実とは現実(約束事などに捕らわれた日常世界)に隣接した世界、またはその中に内包された世界で、現実から離れてしまった世界ではなく、夜の夢や見慣れた都市風景、むき出しの物事などの中から不意に感じられる「強度の強い現実」「上位の現実」である。彼等シュルレアリストが、コラージュや自動筆記といった偶然性の強い手法で作る作品などは一見非現実的だが、彼らにとっては、主観や意識や理性が介在できない状態で偶然できたものや、そもそも意識の介在から解き放たれた夢の中からこそわれわれの普段気付かない現実、「超現実」が出現することを信じていた。

と何を言っているのさっぱりわからんが大雑把に説明すると無意識の領域を表現するといえばいいのだろう。もちろんこの手の芸術家にはフロイト大先生の影響があるのは言うまでもない。

そのシュルレアリストのなかでダリは、見るものに混乱を起こすような不条理な世界観を得意としていた。どこまでも続く空と荒涼とした大地に極端に足の長い像や馬、浮遊する大きな顔の穴の中から顔が出てくる顔など謎めいた妙奇天烈な動物が闊歩し、時計がとろけ曲がる。日常風景の単調な色彩のバックと不可解なパーツが全体に異様な緊張感を与え、不思議な世界を生み出す。

そんなダリ。実は日本の漫画にも大きな影響を与えているのは皆さんご存知だろうか? これは私見なのだが、気付いた限り二人いる。それも超大物で作品の中でもろにダリ作品の一部が登場する。それは『JOJO』の荒木 飛呂彦と『鋼の錬金術師』の荒川 弘である。荒木先生の作品ではウルトラジャンプ連載中の『STEEL BALL RUN』4巻(当時は週刊少年ジャンプ掲載)で登場する爆破テロリスト、オエコモバがもつスタンド能力の描写。オエコモバが「今すごく手に汗握っちゃったよなぁ~」といかにも意味深にしゃべり出す場面である。ジャイロが鉄球を持つ手に爆弾の起爆装置の時計が汗の影響でとろけて曲がっているのだ。これはまさしくダリの『曲がる時計』である。そして、『鋼の錬金術師』では「嫉妬」の名を持つ人造人間エンヴィーがグラトニーの体内で本来の姿にもどった時である。このときエンヴィーのエネルギーとなっているクセルクセス人の魂の描写が実はダリの作品と酷似している。どちらもこじつけがましいと思えるが、そんなアートな面から漫画を見るのもこれまた一興である。

しかし、荒木先生の作品にはアートな面からも見所がたくさんである。いつか機会があれば、長崎ハウステンボスに行って『無限性と不可能性のM.C.エッシャーとエニグマ』で記事を書いてみたい。

で、本題。ダリの作品は無意識を表現した不可解な超現実主義の象徴であるが、当店の在庫は本日「買い切り延べ勘」と謎めいた刻印がついた角川文庫が100冊が到着し、状況はさらにシュールな具合になっている。今回は当店の在庫に軍配を上げたい。

↓virtual Dali ダリの作品が見れます。さすがに生で見るほうがやっぱりいい。
http://www.virtualdali.com/

Surreal Art - Persephone - Wishbone Ash

ビジネス書担当なのにも関わらずPOPを書いたビックコミックスピリッツ掲載漫画『バンビ~ノ』。福岡に住む大学生であり主人公の伴省吾が、東京のイタリアンレストランで修行をするお話なんですが、自分も飲食店で働いた経験があるんで、すごくシンパシーを感じます。その『バンビ~ノ』が日テレでドラマ化するそうです。主演は嵐の松本潤。書店でもドラマ化に伴い拡販が始まっていまして、すぐに見つけられると思います。こんなのは結果論なんですが、ドラマ化は時間の問題と思ってました。というのも、マスコミ関係者の「俺苦労してきたぜ」的な人が好きそうな感じがしてたんです。いや、別に悪いことじゃないんですけどね。ドラマ化やアニメ化、それらの放送に関しては日テレがいいとこ突いてきます。

wikiでは大雑把に『福岡在住の大学生・伴省吾は、「最高のイタリア料理人になる」と休学してまで上京。しかし、料理をナメてかかった伴に次々と試練が訪れる…。』という解説でちょっとどこがいいのかわかりづらいんですが、思うに醍醐味は伴の性格。今時の若者の性格を含みつつ、上京し一人で働き、友達もいなく、仕事で失敗して、先輩に小突かれ、どやされ、殴られ、いじめられ、時に挫けながらも、美味しい料理やプロの技には「うまかー」「すごかー」って素直に感動する、できるところがとても素敵です。嫌いな人の出力はどうしても拒絶反応がでるのが人情なのに、そんな捻じ曲がらず真っ直ぐな心が気持ちいい。そして、料理に対する情熱を持った不屈の精神とバイタリティーが読み手に働く勇気とパワーを届けてくれます。そのうえ描写もパワフルでスピード感があり、飲食店の表と裏、静と動などメリハリがあります。何よりも作品的に素晴らしいと感じたのは、伴がムカつく、挫ける、立ち上がる、感動するところでは、読み手も同じように共感できるという、こちら側を見事に取り込む瞬間(逆に周りの人が伴にムカつくところや、伴に対してフーンを思っているところもさりげなく把握できるところも)。島耕作シリーズとか『サラリーマン金太郎』とか『働きマン』とか仕事に関する漫画は数多くありますが、その中でも「使えない奴はいらない」「お前は甘ったれなんだよ」という今の若者には痛い厳しい仕事の現実をとてもリアルに織り込んでいます。

そんな伴の役が松本潤。そう映画『僕は妹に恋をする』で妹殺しのアマアマベビーフェイス役を演じた彼。イメージが先行してるので、キャストを見たとき「え? マジかよ?」っと思いました。俺ならー…、とキャスティングを考えたんですが難しい。やはり苦労を重ねてきた俳優。珍案でえなりかずきが候補に挙がったんですが、六本木トラットリア・バッカナーレじゃなくて、残念なぐらい中華「幸楽」に仕上がります。六本木で「俺だってイタリアン作りたいんだよー!」という岡倉家の人々の姿を思うとちょっと見てみたい気もします。でも、鼻で笑って却下。あーだこーだと思案した結果、若かりし日の保阪尚希に演じて欲しかったなと、どうでもいい結論に達しました。

脇を固める北村一輝の演技は面白そうですが、それ以外は外見重視とかそんな感じなのかなと。顔ぶれを見てもいまいち作り手の情熱は伝わってきませんので、実際見てみるしかないですね。しかし、ジャニーズの市場を巻き込むようなドラマじゃないと思うんですが。4月18日水曜夜10時が楽しみです。

本屋では日々大量の不要になった図書カードができあがり、破棄されていく。実はこの使用済みの図書カードがボランティアに役立つといことは、みなさんご存知だろうか? 

財団法人ジョイセフ(家族計画国際協力団体)
http://www.joicfp.or.jp/jpn/kokusai_camp/syusyu/pripert/dekiru.shtml

使用済みの何の価値もないカードを、欧米のカード収集家か買い取ってくれるそうだ。物好きな人もいるもんだねっとまとめたくなるわけだが、その販売ラインがどうして市場に出てこないんだろうと、第一の疑問がでてきます。ガチで収集してる熱心な金持ちなら、ジュンク堂さんなり紀伊国屋さんに直接交渉すれば、無意味なマージンを省けるわけだし、問屋のようなところ通すと他のコレクターと競争しなければならないのが当然なわけで、もちろん書店側もそれで利益が上がればお得なわけで、コレクターと書店、もしくは消費者が一本の販売ラインを成立させたほうがみんなニコニコの取引が可能なんじゃないのかと。そのためのネットだろと。

第二の疑問は『財団法人ジョイセフ(家族計画国際協力団体)』がちゃんと活動しているかどうかは、表面上でしかわからないという非常にデリケートな問題。本当に活動しているのか確認するためには公認会計士の資格をとって、何となく雇われて、金の動きを確認するか、理事と懇ろになって本音を聞きだすか。

第三の疑問はその寄付で『本当に人が救われてるのか』という問題である。文明とは文化とか繁栄とかは、歴史を振り返れば、幾万幾億の人の屍を道にしてできた非情と慈愛の結晶で、決して人から与えられるものではなんじゃないのかと思うわけです。小難しいことを言ったんですが、必要なのは根本的解決なのです。
例えば高齢化と医者不足それに伴う病院不足でベット数が足りない。じゃ、病院を増やそうでは意味がないんです。ベットが必要となるような、病気を未然に予防しない限り問題の根本的解決にはなりません。それと同じように貧困にあえぐ人に、自転車やミシンを寄付しても結局は水泡に帰すんじゃないんでしょうか? 本当に必要なことは貧困から立ち上がる強靭な精神だと思う。しかし、これさえも、価値観のずれだと感じます。その貧困の中で暮らしている人には、それが苦しい貧困と本当に思っているのか。その暮らしを受け止め生きているかもしれません。貧困がかわいそうと思っているのは、ただの先進国の人間の思い上がりなんじゃないのでしょうか。その暮らしには病や死がつきまとっています。その影が濃いからこそ、幸せの光が余計に輝いているのかもしれません。

現在の日本は世界屈指の自殺大国です。これほど経済が豊かなのに、年間3万人超えと報告されています。日本にいる人間さえ救えないのに、どうやって外国の人間を助けれるんだろう。ましてや、明日自殺するのは自分自身かもしれません。そう思うと自分さえ救われているんだろうかと、疑問に思います。

自由は「自(みずからに)由(たよる)」と解釈できると『人間の器量―小さな自分を捨てる法』(4584303878)で読んだことがあります。人を助けるのはいいことだし、勇気がいる。だがその前に、本当に自分に頼れているのか、自立しているのか、自分は荷物になっていないかをまず考えたい。

パリの地下には巨大な墓地(カタコンベ)があっておよそ600万人分の人骨が眠っているらしい。その地下奥深くで発見された謎のビデオ。発見されたビデオテープは何かに追われるように走り始め、最後はそのビデオを残して走り去っていくという謎めいた内容のものだった。で、そのビデオを調べてるおっさんのドキュメント。

Man Gets Lost in the Catacombs of Paris Part 1 of 2

Man Gets Lost in the Catacombs of Paris Part 2 of 2
http://www.youtube.com/watch?v=GakTtXQGuo0

うほ、ロマサガのエスタミルのカタコームじゃないですか…。人骨って…。ここは我が誇る藤岡隊長の出番です! うかつに入っていくとミイラ取りがミイラになることもあるけど、仮面ライダーなら大丈夫。
 


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